神経症性障害|代表的な病気

神経症性障害とは

「神経症性障害」とは、心理的な原因(心因)からおこってくると推測された精神障害をまとめた総称です。約100年前、当時、「訳のわからない」と見なされた神経症症状の「了解」を試みたのは、精神分析の創始者であるフロイトでした。人が睡眠中にみる「夢」とともに、精神的な病気で出現する「症状」は、当時、「脳の変調のせい」と考えられていたのですが、その中に「意味」を読みとれる場合がある、と気づいたのです。
何らかの事情のせいで、解決できず、直接に表現することもできない、しかも放っておくこともできない問題を、こころが無意識的に、症状を通じて表している、と考えました。そして、それまで意識できなかった「意味」を患者さんが理解すると症状が消失する、と気づいたのです。このような心的構造をもった精神疾患を、彼は「神経症」と命名しました。

その後、不安障害、パニック障害、気分変調症(抑うつ神経症)、強迫性障害、社交不安障害、転換性障害(ヒステリー)、解離性障害、恐怖症などが、この中に含められ、心理的なアプローチが探究されてきました。

それに対して、躁うつ病、精神病性うつ病、統合失調症は、心理的了解が困難で、かつ現実感覚を喪失しているため、「精神病」群に分類されました。これらの病気に対しては、主に、薬物療法による治療が行われてきました。

「神経症」概念の見直し

しかし1960年代以降、神経生物学的研究や薬物療法の効果研究がすすむとともに、上のような構図が変化してきます。「神経症」の原因論がより複雑であると分かってきたのです。たとえばパニック障害や社交不安障害の治療でも、薬物療法が有効であり、症状の象徴的な意味が分らなくても、症状を軽減できると判明しました。

こうして「心因性」という「神経症」の概念が見直されるようになります。さらに、精神療法の中でも、「心理的な原因」を扱うかわりに、症状を悪化、長期化させるような患者さんの思考のクセ、生活態度を変化させるだけでも、症状は改善されると検証(「エビデンス」)されてきました。こちらの方がコスト・パーフォマンスも良いのです。こうして「精神分析」のような原因究明的なアプローチから、認知行動療法的アプローチへと関心が移動しつつあります。

お気づきでしょうか? フロイトは、「脳の変調」と見なされた神経症に、「意味」を見出したのですが、現代の精神医学は、そこに再度、「脳の変調」を見出し(例:脳の扁桃体の機能異常と、さまざまな精神疾患をつなげる研究など)、薬の治療が盛り返してきているのです。

私自身は、精神分析を30年以上かけて学んできた者です。その中で、神経症の無意識構造を学び、人のこころの脆さ、強さ、奥深さに接してきたことは臨床の核となっています。薬物療法がどれだけ発展しても、脳研究がどれほど進歩しても、「こころを理解」する作業が不要になる日はこないでしょう。
他方、これまでの精神医学の歴史をふまえた上で、1つのアプローチだけに頼らず、患者さん1人1人に合わせて、いろいろな方法を組み合わせて治療をおこなう必要性も痛感しています。

神経症性障害の例を、2、3あげましょう。

強迫性障害

強迫観念と強迫行為を主症状とします。「強迫観念」は、ありえないこと、無意味と分かっているのに、ある考え(不潔、病気、事故、災害などにまつわる心配)が繰り返しでてきて、こころから離れない状態です。その結果、手を洗わずにいられない、ドアのノブに触れない、戸締まりを繰り返しても安心できない、などの不思議な現象がでてくるのです(強迫行為)。強迫行為は、強迫観念を打ち消すため、あるいは危険回避の確認行動と考えられます。よくある強迫観念の1つに、「人を傷つけたのでは?車で轢いてしまったのでは?」という不安があります。
治療
いろいろな精神療法が強迫性障害に取り組んでいます。強迫観念を「認知の歪み」と捉え、その歪みを修正しようとする認知療法、「あるがまま」を受け入れ、不安を抱えたまま行動することにより、不安や恐怖を克服していこうという森田療法、行動面からアプローチする行動療法などです。

精神分析的には、われわれが生きていく上で逃れようのない「不確実性」との折り合いをつけられない状態、という理解がされてきました。「悪いこと」「嫌なこと」をうまく避けたいと思いつつ、「それは無理…」と感じている、でも戦いつづけるのをやめられない…というイメージです。元々、コントロールできないものを、無理にコントロールしようとして挫折する、というパターンに嵌りやすいのです。
こころの底にある心細さ、寂しさを逆らわずに受け入れ、不完全な自分と、不確実な世界を、「あるがまま」に受けとめる。それができれば、ちょっと(かなり)楽になります。

強迫性障害は神経症の中では難治性といわれます。これだけ多くの治療法があるということ自体、決定的なものはない、ということでしょう。しかし約50%が、薬物療法(SSRI)に反応すると言われています。試してみる価値はあるでしょう。

社交不安障害

誰でも、ミーティングで発言する時など、緊張しますが、徐々に「慣れ」てゆくものです。しかし「社交不安障害」では、人前での不安、緊張が尋常でなく、強烈な羞恥心にとらわれ、赤面、体の震え、めまい、動悸、吐き気、等の身体症状がでるのです。さらに、そういう自分が「変に思われたのでは?」と、後々、悩みつづけ、ネガティヴな自己イメージをつくりだし、抜け出せなくなります。さらに緊張を避けるために、会社を休んだり、学校に行けなくなることもあります。

このように不安が、比較的少人数の集団内という特定の状況に結びついて起こり、生活への支障がでてくることが「社交不安障害」の特徴です。以前、「対人恐怖症」とよばれた状態にあたります。注目をあびることを恐れ、引きこもり、社会的孤立に陥ることもあります。

思春期、青年期からの内気、自意識過剰傾向との連続でとらえ、「性格の問題」と考え、治療を受けようとせずに放置されることがあります。しかし通常の「自意識過剰」は年齢とともに収まってゆくのですが、社交不安障害では、成人してもつづく点に差があります。
治療
心理的には、自己愛がマイナス方向で肥大化している状態と考えられます。恥の意識の裏には、自分へのこだわり(人前で「うまくやりたい」願望)があり、それが失敗の意識、「劣っている」というネガティヴな認知に繋がるのです。薬物療法と平行して、自分について話すこと(秘密にせず、他者と共有する)が治療的に作用します。あるがままの自分と他者を受け入れ、「自分だけが特別ではない」と次第に気づいてゆきます。
この病気についても、その捉え方によって、認知療法、行動療法、森田療法などのアプローチもあります。

1年間、薬物治療(SSRI)を続けて87%が改善したという統計があり、「比較的治りやすい」神経症といえます。